先頃まで、
弘前市は鬼沢の鬼神社で行われた裸参り
をご覧頂きましたけども〜

当該記事 ↓
▷旧正月は鬼神社で(1)◁

例によって当ブログ的に岩木山について考えてみている
✶岩木山の神さま✶シリーズ
に関して思った事がありましたので少々書き綴ってみたく思います〜

※ “岩木山の神さま” については
PCからご覧でしたら左サイドバー内のリンク集や
上記タグのリンク先から過去記事をご参照下さい

岩木山の神さまシリーズ前回連投記事はコチラ ↓
▷岩木山と大黒と寿と、、、、◁

前回の連投記事では、、、、

様々な理由から
中世津軽地方の情報は後世にあまり遺されてはおらず
特に岩木山周辺の情報は乏しい中で
どうやら他の形をとって “岩木山の神さま=八” はその中に隠され
迫害捏造の中にさえもその状況を利用して隠されていたっぽかった

〜前回の発見例〜
大黒・恵比寿→八
安珠・安寿→八

そこで
岩木山の山頂のお社に祀られているのが安寿とされていたり
たまたまお願いした厄祓いでの祝詞の締めがことほぐだったりで
特に寿=ことほぐ行為が大事なのかもと思い
考えてみれば、
十六枚の菊紋や白と赤の龍や素盞嗚尊ついては
日本の他の地域や世界にも似たような印・伝承・行事があったりで
世界に八百万の神さまが居られますけども
世界は一つ かも?

といった具合でしたけども

さて当ブログでの鬼神社ご紹介記事は大体この辺り ↓ ですけども
▷岩木山の神さま(5)◁
▷鬼伝説にせまれ〜鬼神社◁


※鬼沢に伝わる鬼の伝承をザッとオサライ※
岩木山(鬼沢の場合=赤倉)から
降りてきた鬼(=赤倉大神=当ブログ的に “岩木山の神さま” )と
鬼沢地域に住む村人は仲良く相撲などをしていた
ある時水不足で困っていた村人は
かねてよりただの鬼ではないと思っていたので鬼に相談する
鬼は一晩かけて水路を作って水を引いた
感謝した村人はこの地域を “鬼がひいてくれた水=鬼沢” とし神社に祀った

この ↑ 記事でも、前述の裸参りの記事でも
鬼神社の境内に於ける参道がちょっと特徴がある
というふうにご紹介させて頂いておりまして ↓
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一の鳥居から拝殿・本殿までU字

なのですけども、
先頃鬼神社に参拝させて頂きまして

コレはU字なのではなく “左回り” なのでは?

と、思い至りまして
言い換えますと

一の鳥居から左に回って拝殿・本殿へ参る

左回りといえば、
ちょっと前にとある方々が仰られていたコトを思い出すのですけど
今現在、その方々はいわゆるネット上でのご活動はされていないようですので
詳しい言及は避けますけども

早朝に
自分の家(を中心に)から左回りに散歩をして
一周して家に戻る
これで気の入れ替えが出来る事になり
つまり気が活性化するので
結果的に運気が上がる

というカンジだったと思います
当ブログオーナーは
何故、左回りだと気の入れ替えが出来るのか?
と思いまして考えてみたのですが

“家を中心に” というのを鬼神社に置き換える
家の中心=摂社の春日神社になりますが
春日神社といえば
御祭神さまは鹿島神宮からやって来たと云われる雷の神様=武甕槌命
当ブログの岩木山の神さまシリーズでは
雷といえばインドラが出て来ておりましたけれども
そうそう、
雷は確か、左回りに落ちるとか

あと連想されたのが昇り龍と降り龍の回り方?といいますか
いや、
龍が昇っていく時と降りていく時に回転しながら上下するらしいのですが
古神道では、
昇る時 → 右回り
降りる時 → 左回り

というのが定番らしく
これは陰陽にも置き換えて考えられまして、
地 → 陰
天 → 陽
とするならば
陰の気は右回りに上昇して陽の気へ
陽の気は左回りに下降して陰の気へ

更に気功では、
右回り = 気の集中
左回り = 気の解放

と意味しているそうで
そういえば雷は
静電気が雲の中に溜めきれなくなってといいますか、
それで放電されます

何がいいたいかといいますと、
“雷” = “気の解放”
というイメージが被りますね
更に、
“解放” されるという事は “入れ換え” が出来るという事になりますし、、、、

昔々の方々はやはり色々と判っていらしたのだなーと思ったといいますか
つまり、、、、

鬼神社は
一の鳥居から鳥居を順番にくぐりながら
左回りに回って拝殿で祈る事によって
参拝する方々の気を入れ換え
願い事等に集中して
=天と対話しやすいように
=叶いやすいように
作られていた


のかもですね〜
なんといいますか、
如何にも岩木山の神さまらしいといいますかですね
何よりも人々の気持ちに寄り添ってくれるといいますか
人がより幸せな人生を送れるように願ってくれるといいますか
厳しいけど、優しい神さまといいますか
いやだってですね、
鬼沢だけで考えても
岩木山の神さまは水不足で困っていた村人の為に水のギフトをくれたのですよ
しかもその伝承に遺される鬼沢の村人の名は
弥十郎というのですけれどももしかして
十郎?
そういえば、
武甕槌命も相撲と関係深い神さまでしたっけ?
更にいえば、
八 = バアル = ハアル = 春 → 春日神社?
↑ コレは完全にダジャレ?


といったところでもう少し鬼沢談義は続きます








読んで下さった方に感謝を込めて。






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コチラ ↑ は去年の夏に参拝させて頂いた鬼神社
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様々なちょっと大きい農具が奉納されておりますけども ↑ ↓
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赤倉の鬼神さまが使っていた、鬼沢に遺していった農具、、、、
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を模して作られて奉納されたものらしいのですが
(つまり何処かに本物が?)
しかしそれなりに年代が古いらしく錆が進んでおりましたところ
弘前大学の学生さん方が錆止めを無料で施して下さったとか
ありがたや!

そういえばなのですけれども、
よくよく考えてみれば
鬼沢の方々は鬼神社を参拝する際に
参道をちゃんと通って拝殿・本殿をお参りされる方というのが
圧倒的に多いのですよね

他の神社ではそうでもないような気がするのですけども
どうでしょう(汗)




続きはコチラ ↓
▷岩木山の神さまのギフト(2)◁